テレビ創世記 (年金フル世代の子供の頃)

今65歳で年金フルとなった世代は 1953年生まれという事になる。日本でテレビが一気に普及したのは皇太子 (今の天皇) ご成婚 (1959年) パレードを契機にしてであり、テレビは電気洗濯機と電気冷蔵庫と共に三種の神器と言われていた。この1959年といえば1953年生まれなら6歳だから、当時の事は覚えているだろう。

私の家にテレビが来たのはそれより少し (1~2年) 前だった記憶がある。その時はテレビのチャンネルは1、3、4、6しか映らなかった。その後暫くして8と10が開局したのも覚えているが、10 は当時教育テレビだったから大して興味のある番組はやっていなかった。

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この時代の民放は経験も予算も少なく、言ってみれば学芸会に毛の生えたようなドラマとかが多かったのに対して、皆さまの公共放送は本当に皆さまの為に公正で良い番組を作っていて、今の「犬アッチ行けー」なんて言われる程の劣化した状態とは雲泥の差だった。兎に角当時の NHK は “清く正しく美しく” で、職員は安給料にもめげずにプライドを持って理想を追って番組を作ってたようで、国民も信頼していたから受信料だって当然のように払っていたものだった。

その NHK の番組で、当時はガキだったがチョイと大人ぶって見ていたのが 「若い季節」という番組で、調べてみたらば1961年4月から1964年12月まで放送されていたようだ。この番組は2つのライバル関係にある化粧品会社を舞台に展開するドラマ仕立てのコメディで、その出演者の多くが当時売れていたポップス系の歌手、今で言えばアイドルに相当するタレントを使っているという点では中々ユニークだった。

この当時のポップスというのはアメリカンポップスに日本語の詩を付けて唄っていたもので、演歌などと比べれば遥かに先進的と感じたものだった。そういう歌手達を使ってドラマを作ったのだから当時の NHK の先進性が判るだろう。

では民放はと言えば、ガキがらすればこれぞ命というくらいの番組がマンガ雑誌のヒーロー物を実写版としたもので「少年ジェット」「七色仮面」などの名前を聞けば年金フル世代なら懐かしさのあまり涙が出る‥‥という程でもないか。

これらの項目は近い内に、もっと詳しくまとめたいとおもっている。

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