三菱ダイヤモンドアワー (年金フル世代の子供の頃)

三菱ダイヤモンドアワーなんて言っても何だか判らないだろうが、テレビ創世記にプロレス中継とディズニーアワーを隔週交代で放送していた番組、といえば年金フル世代の多くは思い出すだろう。この番組のスポンサーは番組名で判るように三菱電機だった。

放送開始は1958年8月で日本テレビ系により放送されていた。放送時間帯は金曜日夜8時から約1時間で、この時間帯は親子揃って見るには一番良い時間帯で、しかも小学生にとって金曜日の夜というのは土曜日の前日という精神的に最も楽な日だった。何故かと言えば土曜日は午前中で授業が終わりだから、チョッと我慢すれば昼には帰宅できるし、翌日は楽しい日曜日という状況だからだ。それにしても何故に授業が4時限と6時限では、あれほど感じる時間の長さが違うのだろうか。

それで番組に話を戻して、当時のプロレスは現代の野球やサッカー以上の国民的な人気スポーツだった。プロレスはスポーツじゃなくてショーだろう、っていうのは確かに正解なのだが、当時の国民はあれを真剣勝負のスポーツと信じていたし、外人レスラー、すなわち鬼畜米英のレスラーが悪の限りを尽くしてヤラれ役の日本人レスラーを痛めつけて、何とかタッチしようとすると反則技で引き戻され、もうイライラしていると、番組終了の10分位前にやっとの事で力道山と交代出来て、ここからは大技連続で相手はフラフラになったところで最後は伝家の宝刀空手チョップで仕留めるという、まあワンパターンのショーなのだけれど、当時の日本人は大人も子供も拍手喝采だった。なおこのプロレス中継では試合の合間にスポンサーである三菱電機製の電気掃除機でリングを掃除したのを今での覚えている。

もう一つは、当時はディズニーアワーと思っていたが、調べてみたらば正式にはディズニーランドというのだった。この番組は米国のテレビ番組の吹き替え版で、司会はウォルトディズニー本人だった。そして 「未来の国」「おとぎの国」「冒険の国」「開拓の国」の4つの中から一つを取り上げるという方式だった。
中でも記憶に残っているのは未来の国で放送された宇宙旅行に関するもので、大型ロケットの先端には小型の飛行機のような司令船が付いていて、乗組員はここに乗って打ち上げられ、ロケットは途中で切り離されると飛行機型の司令船で宇宙での任務を行ない、地球への帰還はこの司令船で大気圏に突入し、最後は地球上の基地に飛行機のように着陸するというものだった。当時の有人宇宙飛行は 1961年にソ連のガガーリンにより達成されたのが世界初であり、飛行機型で最後には着陸するなんていう発想は正に未来の国の物語だった。今となると、これはスペースシャトルそのもので、ディズニーの先進性はずば抜けていた事になる。

おとぎの国ではお馴染みミッキーやドナルド、ピーターパンなどの物語だったし、冒険の国ではアマゾンの奥地を探検したり、開拓の国では大陸横断鉄道や外輪式の蒸気船が出てきたりと、毎回楽しみな内容が目白押しで、約1時間の放送時間もアッという間に過ぎてしまった。そしてこれまた記憶にハッキリ残っているのはロサンゼルスの本家ディズニーランドを紹介した回で、今まで見てきたディズニーの世界を実際に体験出来る夢のような遊園地がある米国を本当に羨ましく思ったものだった。

その憧れのディズニーランドが日本にも出来て開園したのは1983年だから、何と4半世紀も待った事になる。

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