60年代のカメラ3(年金フル世代の子供の頃)

前回は60年代の1眼レフを取り上げたが、今回は同時代のレンジファインダータイプについて纏めてみる。レンジファインダーとは日本語では距離計連動型とも言われているピントを合せる為の機構の一つで、一眼レフと違いファインダーを別に持っていて、その中心部には画像が2重に見える部分があり、この2重画像をピッタリ合せるとピントが合う、という方式になっている。

というと簡単そうだが、この方式でレンズ交換式とするには、レンズのピントリングとカメラ側の距離計をメカ的に合せる必要があり、精密な機械加工が必要などで高価なものになってしまう。この距離計連動式の最高峰と言われていたのがドイツのライカによるM3で、1954年の発売時のボディーの日本国内価格は23万円だった。

M3の軍艦部を上から見ると右端に巻き上げレバーがあり、その左隣にはシャッター速度を選択する回転式レバーがあるが、この構成はその後も一眼レフ時代を含めて国産のカメラでも定番となっている。
その後国産でもレンジファインダーの高級機として伝説の名器となったのが1957年発売のニコン SPで、価格はボディーが9.8万円とM3に比べれば半値以下だったが、それでも高価な事に代わりは無い。このSPはプロの間では高評価をされていたが、時代は一眼レフに向かっている事で、商品としては成功出来なかった。

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そんな時代ではあったが、レンジファインダーのメリットもマダマダあった時代で、1961年に発売されたキャノン7は50mm F1.4付きで47,500円という、高級機としては手ごろな価格でもあった。この3年後に発売された一眼レフのペンタックスSPが同じく50mm F1.4付きで52,000円という価格を付けていたのはレンジファインダー機と同等価格の一眼レフを狙ったのかもしれない。キャノン7と言えば、小学生6年生の時の担任教師(男性)がカメラ好きで、念願のキャノン7を買って誇らしげに修学旅行に持ってきたのを覚えている。

キャノン7はレンズ交換式の高級機だっから、売れたといっても大した事は無かったが、キャノンは同じく1961年に中級レンジファインダー機のキャノネットを発売して大ブームとなった。レンズ交換こそ出来ないが、キャノン7に似たスタイルと完全自動露出機構(EE)を内蔵し、レンズも45㎜ F1.9という中級機としては明るいレンズを装備している等の充実した内容で価格18,800円という破格の買い得感だった事から、1週間分の台数が2時間で完売するという人気で、その後累積販売台数100万台という記録をを2年半で達成した。なおキャノネットの上面にはシャッターボタンのみしか見えないが、巻き上げレバーは確か底面に付いていた覚えがある。そしてシャッター速度をレンズ手前のリングで設定すると、絞りは自動的にセットされるシャッター速度優先式EE方式だった。

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