60年代のホームムービー(年金フル世代の子供の頃)

60年代初頭といえば中流階級ならテレビを買ったり、カメラを買ったりと、徐々に暮らしも向上して行った時代だったが、さてホームムービーはどうだっただろうか。家族の記録を撮るときにスチル写真も良いが、ここはやっぱり動く写真、要するに家庭でも映画を撮りたいと思うのは当然だ。そしてこの時代のホームムービーといえばダブル8と言われるものが主流で、これは16㎜映画用のフィルムを半分ずつ使って往復撮影し、それを現像後に半栽するというもので、下の図のようにフィルム幅の割にパーフォレーション(送り穴)が大きく画面の割合が小さいという問題があった。加えてスプールに巻かれた16㎜フィルムを装填して、片側の撮影が終わるとスプールを反転して装填し直すという操作自体も万人向けとは言い難かった。

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そんな状況の元、1965年にフジフィルムがシングル8を発表し、これはマガジンに入ったフィルムを撮影機に装填するだけという簡単さをアピールし、当時のテレビでは女優 扇千影の「マガジン・ポン、私にも写せます」というCMが頻繁に流され、ホームムービーが一大ブームとなった。発表時に撮影機のフジカシングル8 P1、映写機のフジカスコープM1、などが同時に発売されたが、何れも簡単操作を旨とするものだった。

シングル8は装填の簡単さとともにダブル8の欠点である実画面の小ささを改善する為に送り穴を小さくして画面を大きくしている。なお、上の説明図では Super8となっているが、これはコダック社が開発したカートリッジ式のムービーフィルムでサイズ規格はシングル8と同一となっていた。発売はシングル8と同時期で、当時はシングル8かスーパー8かという論争がマニア向け雑誌で頻繁に行われていた。

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シングル8の出現で当然ながらダブル8は廃れていくのだが、実はダブル8にはマニアの定番であるキャノン512という撮影機があり、これは可変シャッターや逆送り撮影などが可能で、フェードイン、フェードアウトのテクニックが使用でき、これによりオーバーラップでの画面切り替えとか、更には2重撮影によるスーパーインポーズなど高度な手法が使える機材だった。ところがシングル8とスーパー8には、この512に相当する撮影機が無く、これがマニアにとっては大きな問題となっていた。なおキャノン512の名称の由来は5倍ズーム&F1.2の高性能ズームレンズ装着を意味していた。当時からキャノンのズームレンズに関する技術力はダントツだったという事だ。因みに今でも放送用ビデオカメラのレンズではキャノンが独占に近い状態となっている。

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こうしてみると、今では簡単に高度の画像編集が出来るという、1960年代からすれば夢のような時代になっているのだった。

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