70年代の就職事情(年金フル世代の学生時代)

年金フル(R65)世代の就職時期は、R65が1953年生まれとすれば高卒なら1971年で、大卒(ストレート)ならば1975年となる。1971年といえば前年には大阪万博が開催され、米ドルの金との交換制が停止された所謂ニクソンショックはあったものの、翌年の田中角栄首相就任と列島改造論に向けて就職状況はイケイケ状態だったから、大企業が高卒を可也採用していた時期だった。

それでは1976年はといえば、1974年の石油ショックにより経済成長は一気にマイナスに転じた時期で、その後回復に向かったとは言うモノの、就職氷河時期となってしまった。したがって大企業に入社できるのは極一部の有名大学卒で優秀な学生くらいなものだった。

実を言うと、既に1960年代から言われていたのは、文系で大卒らしい就職をしたかったら旧帝大系国立大学か早慶、それも早稲田なら政経、慶應から経済学部と言われていたものだったから、景気に関わらずそれ以下の大学では就職には大いに苦労したのだった。70年前半までは相当な大手企業でも技術系、すなわち設計や開発という要員には工業高校卒業者を雇っていた。まあ高卒といっても地方の公立工業高校のトップクラスではあるのだが、だからと言って早慶に入れる程ではないから、結局高卒で就職した方がマトモな会社に就職出来る、なんて言うのが実情だった。更に製造要員ならもっと入り易いし、その後の経済成長で人手不足から間接部門へと移動になり、購買や資材などで外注相手に威張りまくっている輩が結構いたものだった。そしてそういう輩に頭を下げなければならないのは、大学を卒業したが為に2流企業に就職した可哀そうな連中だった。

これは今でも同様だが、就職というのは運次第。それも年代によって大きく影響され、就職氷河期何ていう時には如何にもならないが、売り手市場で企業が求人に必死になる、何て時期ならば就職活動も大いに楽になる。その典型がロストジェネレーションとかいうバブル崩壊後の就職氷河期に就職活動が重なった年代で、結局多くが今でもマトモな職に就けないでいるようだ。

ところで、就職に失敗したR65世代はその後どうなったかと言えば、企業からすれば年代構成がこの年代だけポッカリと空いてしまい、しかもバブル時代の急成長とも重なって、急遽中途入社で穴埋めする事となった。そのためにリクルート社のような人材紹介業が大きく伸びる事となった訳だ。それで実際に高校の同級生もオイルショックの就職氷河期の魔の手にかかり中堅会社に就職したのだが、ここは大手に無い特殊な技術を持っている会社だったが為に、バブル期に超大手企業からの引き抜きで見事に転職を果たしたのだった。

その友人の話を聞けば、待遇も環境も雲泥の差で、これ程までに違うのかと驚いたものだった。それで、おまえは、どうだったんだ?って‥‥勿論これぁ転職するっきゃねぇな!と思って実行に移し、東証一部上場クラスの企業に転職‥‥なんていうのは嘘‥‥かどうかは‥‥ハテ。まあ、そのうち気が向いたらカミングアウトしようかな。

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