60年代の習い事2(年金フル世代の子供の頃)

前回はエレクトーンを主に取り上げたが、やはり習い事の王道といえばピアノだろう。特に女の子がいる中流家庭では1度は娘にピアノを習わせる事になり、その多くは小学校低学年で始めるのが普通だった。その時既に自宅にピアノがある、なんていう場合を除いて自宅で練習する為のピアノが必要になるが、ピアノとなれば60年代初頭でも普及モデルでさえ20万円位であり、これは軽自動車の半分くらいの価格だ。しかもピアノは重い(軽量モデルでも150kgくらい) し場所は取るしで、取りあえずは同じ鍵盤楽器であるリードオルガンを買うのが一般的だった。

まあ考えて見れば幾ら同じような鍵盤が付いているとはいえ、ピアノとオルガンではマルでタッチが違うのだが、取りあえずという事で先ずはオルガンを買ったのだった。そして1年もすれば、全く音楽的センスがなければ止めて行くから、その時点で続いていたらばいよいよピアノを買う事になる。

そのオルガンも初期の頃は足踏み式と呼ばれているタイプで、足元に二つのペダルがあってこれを交互に踏む事で空気を送るというもので、演奏中は常に左右の足でパコパコとペダルを踏むという余計な動作が必要で、これでピアノの練習をするのだから確かに無理はある。その後は電気オルガンと呼ばれていたモーターで空気を送るタイプのモノが発売され、これにより足でパコパコからは解放された。

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ところで習って1年というのは一般的に最初の教本である「子供のバイエル上巻」という表紙の赤い通称赤バイエルを終えるのが1年くらいだろうか。次に「子供のバイエル下巻」、通称黄バイエルという教本に移って、これで1~2年で概ね基本が終わるのだけれど、多くはこの段階で挫折する事になる。バイエルが終わるとブルグミュラーに進むのだが、黄バイエルで挫折すると多くの場合は自宅にはピアノが高価な粗大ゴミとして残る事になる。

この点では現代では最初に電子ピアノというものがあるので、先ずはそれを買う場合が多いのは60年代のオルガンと同じ事だが、リードオルガンに比べれば現代の電子ピアノの方が余程ピアノに近いが、それでもピアノ教師は電子ピアノでは実力が伸びないどころか変な癖が付いてしまう、と脅迫してピアノを買わせるべく努力をするのが普通だ。何故なら、最近のピアノ教師は楽器メーカー (殆どがヤマハ) の系列に入っているから、生徒にピアノを売るのも商売のうちであり、このバックマージンが結構な収入になるのだろう。

ところで60年代のピアノ教師というのは2つのパターンがあって、一つは芸大等を出た上流階級のお嬢様で旦那様は勿論上流階級であり、成城辺りの当時としては珍しい洋館建ての自宅にグランドピアノがあり、なかには先生用と生徒用の2台が並んでいる何ていう場合もあり、生徒も勿論上流階級のお嬢様やお坊ちゃまという事になる。

そして一般庶民の上の方、要するに中流の子弟が通うのは小中学校の音楽教師が自宅でアルバイトに教えている、という例が随分多かった。勿論公立校の教師だからレッスン用にグランドピアノがある筈も無く、当然アップライトピアノでのレッスンとなる。

と言う事は、教えられるのはピアノのレベルとしては中級くらいで、上級となると別の先生を紹介するのだが、その前にそこまで行く生徒は極少数であり、更に続けて将来は音大進学を考えている、何ていう場合はさらに少ない事になる。まあ今での音大進学となると結構な学費と練習経費などで普通のサラリーマンでは大変な事になるが‥‥。

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