公立中学だって良い事もある 後編

公立中学だって良い事もある 前編からの続きです。

如何しようも無い荒れた公立中学校といっても実はメリットもあった。それは回りが馬鹿ばっかりで、しかも親が子供の教育に全く関心が無いから、マトモな生徒は相対的に内申書の評価が高くなる、という事がある。だから同じ公立中学校とはいえ前編で話の出た都心の一等地の学校なら間違いなくまん中以下の成績でも、結構上位になってしまうという事が起こる。

そんな訳で、所在地は遠かったが超一流とは言わないまでも、当時では決して悪く無い都立高校に入学する事が出来た。ただし、入ってみると多摩地区と言っても昔からの都市だった地区から来た同級生と比べると明らかに基礎学力に差がついているを感じるのだった。そして確かに皆真面目そうで、間違っても中学時代のようなチンピラ生徒はいなかった。それどころか、秋の文化祭にはクラスでバザーをやって、その売り上げを身体障害者施設に寄付をしよう、何て提案する奴らまで居て、本当にそれをやる事になってしまった。

いやもうハッキリ言って、そういう偽善的な連中に比べたらば、中学時代の悪の方が何か人間味があるように感じてくるという、中々複雑な心境だった。それで帰りの電車の中で、底辺高校に通う昔の同級生にあった時は何か妙に懐かしくて、しかも買ったばかりと言うエロ本を電車の中で見せてくれたリして、何だかホツとするものがあった。

ところがその翌日に、クラスのガリ勉女が「○○君って、あんな不良と友達なの?!」とまるで「俺の身体にウンコでも付いてるんか」と言いたくなるような目で見られたのだった。
そして時代は進んで既に社会に出た20代中頃の話になるが、この時の友人に同じ三多摩地区でも中高一貫の一流私立校に進学して、そこから現役でこれまた超一流の国立工業大学(まあぶっちゃけ東工大しかないわなぁ)に進んだ奴がいて、その彼がクルマを運転中にチンピラの運転する信号無視のクルマに突っ込まれて、大きく破損したのだけれど、その示談交渉で相手の言動がまったく理解できなくて大いに苦労をしていた。

要するにエリートしか知らないで生きてきたので、世の中にこんな奴らが居るのを知らなかったのだろう。それに比べれば公立中学校、それもレベルの低いチンピラだらけの学校でローティーン時代を過ごした私は、世の中を知っているという面では明らかにエリートより上であり、これが人生を生きて行く上で実に役立っていた事になる。

そう、お受験何かしないで、地元の公立中学に入れるっていうもの、良い面もあるという事を言いたいのだった。

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