60年代のデパート(年金フル世代の子供の頃)

60年代の日曜日、家族で出かける先はといえばデパートだった。テーマパーク何て無い時代にデパートには屋上に乗りモノがあり、最上階には大衆食堂があって、買い物から食事から娯楽まで、デパートはまさに “百貨” 店だった。

当時の我が家では距離的に近い事もありデパートといえば池袋だった。池袋駅には駅前、特に西口にデパートが2つあり、その一つが西武百貨店、そしてもう一つが東京丸物、通称丸物(まるぶつ)と呼んでいた店があり、ここは当時としては売り場面積も広いし、何よりも最上階の大衆食堂が面積も広くて種類も豊富で、それこそ鮨に蕎麦にラーメンなどの麺類、カレーやトンカツライスなどの洋食系にパフェに代表されるデザート類など、兎に角一か所で両親も子供もジジババも、各自それぞれの趣向で食事が選べるというメリットがあった。これって、最近の回転寿司で蕎麦やデザートなどが流れてきて、3世代のファミリーが楽しめる、という発想のルーツみたいなモノだった。

それで食事を終ると屋上に行って遊ぶ事ができた。というのも、丸物の屋上には目玉となるトロッコ列車みたいな乗りモノがあって、頭上より高いところのレールをゆっくりと走って1周するという、まあ大したモノじゃあなかったが、今みたいにテーマパークが無かった時代に、都心の駅前の施設で遊園地的な楽しみまで出来るのだから、人気があって当然だった。

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この丸物という会社を調べてみると本店は京都で、当時は全国で百貨店を展開していたようだ。しかし徐々に各地で撤退し、現在は丸物という会社は存在していない。上記の池袋にあった東京丸物は現在パルコ池袋店となっている。また丸物は他に東京で渋谷店(後のパルコ渋谷店)、新宿丸物(後に伊勢丹メンズ館)があったが、これも撤退している。

なお池袋の西口には西武と丸物の正面にある大通りに都営のトロリーバスが走っていた。また池袋駅に乗り入れる私鉄は西武新宿線と東武東上線で、何れも上りの終着駅だった。更に東口には規模は小さいが東武百貨店もあった。

これに比べれば新宿なんてデパートは駅前には無くて、伊勢丹と新宿三越は駅から徒歩で10分程離れていたし、渋谷の東急百貨店(現東急東横店) は丸物と比べれば規模も小さく、この面ではデバートといえば池袋!という感覚だった。

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