60年代のプラモデル(年金フル世代の子供の頃)

9月 18, 2018 0 投稿者: B_Otaku

プラスチック製の部品を接着して組み立てるプラスチック・モデル・キットが初めて国産化されたのは1958年にマルサン商店から発売された潜水艦「ノーチラス号」だった。当時これを買って早速作ってみたが、部品は少なく、2分割のボディーを接着した後は艦橋の潜望鏡と甲板に何かの部品を付けた程度だったのを覚えている。当時のプラスチックは質が悪く、チョッと力を入れると折れてしまうし、少しでも接着材がボディーの表面に付くと溶けてしまい、多いに外観を損ねる事になった。

製品としては軍用モノが多く、陸では戦車、装甲車、勿論民間用のクルマもあった。海では軍艦が圧倒的に多く、特に戦艦のモデルが多かった。そして空は、これまた軍用機が多く、第2次世界大戦中の戦闘機や爆撃機が主流だった。製品の箱にはカッコ良いイラストが印刷されていたが、中身はショボくて箱の絵と比べるとガッカリするのだが、その後60年代後半にはかなり精密なモデルも出てきた。

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箱の中にはランナーという枠で繋がった部品が入っていて、これを切り離して付属の接着材で組み立てる為に、一番大切なのは同梱された組み立て説明書、そしてもう一つ大事なものはデカールという水で転写するスライドマークで、これは完成後に日の丸とかシンボルマークとかを貼りつけるのだが、メーカーによっは貼りつける前にチョッと力が掛るとボロっと切れてしまったりと、これが中々技術を要する作業だった。

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その後この業界への新規参入も多く、60年代初期にはトップメーカーだったマルサンは1968年に倒産している。実はプラモデルという名称はマルサンの登録商標だったのだが、現在では日本プラスチックモデル工業協同組合の所有となり、組合員は自由に使用できるようになっている。

60年代初期は内容的にもレベルの低かったプラモデルの常識が覆されたのは1967年にタミヤより発売されたホンダF1で1/12というビッグスケールと実車取材による精密な再現でマニアをあっと言わせたのだった。

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それにしてもプラモデルに限らず1950年代末からの日本の工業力の急激な発展により1960年代末までの10年間では正に破竹の勢いで進歩して行ったから、実は年金フル世代は小学生から中学~高校に渡って世の中の著しい進歩を感じられたのだった。それに比べれば最近の小・中学生は中流階級ならば塾だなんだと遊ぶ暇も無く、下流階級ならば生活がやっとで下手すれば親に殺されたりと、何とも希望の無い世の中になったものだ。