60年代のプラモデル2(年金フル世代の子供の頃)

前回「60年代のプラモデル」ではプラモデルの基本的な内容を説明したが、今回はもう少し深く掘り下げてみる。

マルサン商店は日本初のプラモデル「ノーチラス号」を発売した翌年の1959年に日曜日の朝10時からフジテレビ系で「陸と海と空」という番組のスポンサーとなった。この番組は模型好きの三遊亭小金馬(後の金馬)師匠の司会(今で言うMC)により、毎回一つのプラモデルを紹介し、また大人のマニアが作った木製の精密モデルなども出てきて、小学生のガキからすれば正に溜息ものだった。

実は最初にプラモデルを発売した頃はランナーから切り離して接着して組み立てるという商品が一般には理解されず、売上も芳しく無かった事から、マルサンはテレビ番組でプラモデルを啓発したのだった。この番組は結構な人気番組となり、プラモデルもその後は徐々にブームとなっていった。

この番組で紹介されたプラモデルで、今でもハッキリと覚えているのは南極観測船「宗谷」のスケールモデルで、当時の価格は500円くらいだった記憶がある。当時の小学生にとって500円何ていいうのは天文学的数字であり、しかも当時のプラモデルは樹脂素材色のままでは模型らしくなく、その為にあらかじめランナーに付いている部品に塗装を施す必要がった。これにはマルサンのプラカラーという専用の塗料を必要とし、さらに専用のシンナーとか揃えると総額が千円の大台に近付いたから、ますます遠い存在だった。

ところでこの宗谷のプラモデルはネット上で色々調べたがマルサン製に関する記述が無く、後に発売されたハセガワ製(写真下がパッケージ)に関する記述は結構見つかるのだが‥‥。となると記憶違いだろうか? まあ60年近く前の事だから記憶違いがあっても当然かもしれないが‥‥。

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そのハセガワ(当時は長谷川製作所)はマルサンと共に60年代のプラモデルメーカーとしてはメジャーな存在で、中でも1962年に発売された1/450スケールの戦艦大和はその大きさと精密さで当時としては圧巻だった。実は当時小学校の同級生の親がこの金型を製作した職人で、試し射ちしたランナーをもらう事が出来た。要するに箱と説明書等は無いが、ほぼ製品そのものが手に入った訳で、写真を見ながら作ったのを思い出した。その大和は今でも販売されているようだが、金型は当時から引き継いでいるのかは不明だ。

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なおマルサンは倒産してしまったが、ハセガワは現在でも模型メーカーとして頑張っている。

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