16歳で自動車が運転出来た60年代

若い読者はご存じないだろうが60年代には16歳、高校1年で自動車が運転出来たのだった。えっ?このブログに若い読者は居ねぇだろう!って、まあ確かに。

あっ、それで本題を続けると、自動車とは言っても軽自動車、そしてこれが可能だったのは軽自動車免許が廃止された1968年以前の事だ。そして当時の軽自動車は現在とは規格が異なっていて排気量は360cc以下、全長3.0m 全幅1.3m 高さ2.0m以下で、今当時のクルマを見るとその小ささに驚く位だが、体格の良くなった現代人では窮屈どころか乗る事すら出来ないかもしれない。

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まあ、規格に関する詳細や当時の車種などは試乗記本編の日記で述べようと思うが、こちらでは別の角度から当時の軽自動車を思い出して見る。

高校1年でクルマが運転出来ると言う事は、家が裕福で親の理解がある、というか親がクルマ好きだったりした場合、高校生がマイカーを持っていて何処でも好きな場所に行けるという事だ。まあ都心だったら公共交通機関が発達しているから別にクルマなんか必要無いが、東京でも多摩地区となれば当時はド田舎丸出しで、電車は単線で1時間に精々2本なんていう場所もあったし、それどころかバスしか無い、いやバスもロクに無い何て事になる。

それで当時の公立高校では僻地の場合はバイク通学の許可が出る何て事もあった。とは言っても大型バイクは勿論許可されないが、原付だけでは無く125cc(90ccだったかもしれない)までは許可になった覚えがある。これは要するに50ccではシンドい距離と地形だった事で、これが本当に東京都?なんていう場所も結構あった。

あれから半世紀。バスも滅多に通らなかった場所は、今では多摩ニュータウンとして小田急線と京王線、おまけにモノレールまで走っている。そのニューターンも今後は過疎化の道を辿るのだろう。70年代初頭の公団住宅なんて今や築数十年で建て替え時期を迎えているくらいだ。

とはいえ振り返ってみればアッという間だったが。

3 comments

  1. 17歳で免許取得です。16歳から受験したんだけど、自動車学校など全然行かずに試験場で受験しているうちに17歳になってしまいました。田舎なので月に一度しか試験がなかったので。6回目(6か月かかって)合格しました。
    試験車両はマツダR360クーペ。ノンシンクロの1速へのシフトダウンに苦労しました。ダブルクラッチ必須。ウインカーは自動で戻らないしねえ。
    まあ、中学生からマツダK360を運転してたし(笑)
    自宅(商店)の車は三菱B360、バイトで乗ったのが(高校生でもバイト)コニー360ピックアップトラックであります。愛知機械、頑張ってたよね。

    1. 試験場の一発受験って上手く運転出来てもだめなんですよね。何か独特の仕来りみたいなのを覚えないと。
      コニーは当時は結構メジャーだったんですけど、今では日産の系列会社でマニュアルミッションとかを作っているようです。
      最初に軽免許を取ったということは何処かで普通免許に変更する試験とか受けたんですか?
      教習所だと5時間くらい教習したような記憶が。

      1. 試験の仕来りを教えてもらって、やっと合格したんです。送りハンドル厳禁、腕がクロスした状態で保持してはいけない、目視確認を大げさに首を振って試験官にアピールとかですね。あ、そうだ、当時はバックするとき、窓から手を出して前後に振ったものです。バックランプなんかなかった。
        18歳になって、普通免許に格上げしてもらう教習を受けました。

        あの頃に免許を取った最大のメリットは、2輪車の排気量制限がないということですね。ポツダム免許と言っていました(笑)。これを最大限に活用したのは言うまでもありません。メグロ ジュニア S3(借り物)、CB350、CB750FOUR、CB500FOUR、KAWASAKI W3、MOTO GUZZI LeMans II(赤)、DUCATI900ss、BMW R100RS、MOTO GUZZI Le Mans II(白)と40年以上乗り継ぎました。

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