60年代の左翼教師(年金フル世代の子供の頃)

1960年代の後半といえば来る70年の安保改定に向けて世の中では賛否両論という生易しいモノでは無く、学園紛争も次第に激化していった。

そんな中で、年金フル世代は中学や高校時代に左翼教師が結構いたモノだった。その中で先ずは中学時代を思い出して見ると、当時全国一斉学力テストの実施にあたって一部の教師が反対運動を行っていた。そのリーダーとなっていたのは担任で英語教師だったO先生だった。O氏は東京外語大でロシア語を専攻し、日本共産党の党員というバリバリの左翼で、それに協力していた左翼系の教師(やはり社会科等が多かった)が何人かいた。

そしてそのテストの日にはO氏は何事も無かったようにクラスに来て英語の授業を行っていた。そこにテスト用紙を持って現れたのは可哀そうにも教育実習生で、しかし如何にもならなくなっているところへ校長先生が現れてO氏に何やら紙を持ってきたが、生徒の前でそれを丸めて放り投げてしまった。校長は起こった顔で「○君、試験の実施を妨害するな!」みたいな事を行って、実習生に試験用紙の生徒への配布をさせた。

しかし生徒としては如何して良いか判らず、しかも心情的には校長側につく事は無く、結局試験用紙に記入する生徒は全く居ない状態で、校長も諦めて白紙の回答用紙を回収させて出て行った。この事実は直ぐに他のクラスにも伝わり、チンピラの突っ張り生徒達は「あの先公すげえぞ、校長の命令書を破って捨てちまった」という事でヒーローとなっていた。なお0氏は優秀という面では確かに他の先生を圧倒していて、ロシア語専攻とは言えそこは外語大で、英語力も実際に伝わる英語だから発音だって他のカナカナ英語教師とは一線を画していた。それに人間的にも中々立派な人で、唯一の問題は共産党員という事だが、その割には休日には夫婦で登山をしたり、自宅には軽自動車を持っていたりと、結構良い暮らしをしていた。

その後聞いた話によると、O氏は教師を退職して日本共産党の職員となり、何やら戦略(謀略?)専門に活躍していたという。

次回は高校時代の思い出を綴ってみる。

 

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