60年代小学生の武器弾薬!

テレビでは少年ジェットや月光仮面などのヒーロー物が流行っていた60年代の前半には、自分たちもヒーローになった積りでの遊びも結構あった。その時には当然ながら武器弾薬が必要となる。

その中で武器というのは銀玉鉄砲というのがあった。これはピストル型のブラスチック製の、言ってみればオモチャだが、銀玉と呼ばれた直径5㎜位の弾を発射出来る。まあ弾と言っても柔らかいし、発射するのはスプリングの力だから当っても大した事は無い。

銀玉鉄砲が最初に発売されたのは1959年で、商品名を「MC-50マジックコルト」と言ったらしい。というのは当時これを作ったセキデンという会社が今でも存続していて、その会社のホームページに出ていたのだった。MC-50は単発で後部にある撃鉄を引き(写真右下の状態)引き金を引く事で弾が発射される。しかしこれは構造上から本来の銃口ではなく、その下の穴から弾が出たのがイマイチだった。

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この単発式は直ぐに連発式の新型が出て、これは引き金を引くとスプリングのチャージと弾の補給が出来る、言ってみればダブルアクションであり、よりリアルに進化したのを覚えている。ただし、引き金は重いし威力も単発よりも落ちていた覚えがある。

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では弾薬はといえば、これは「2B弾」(通称にーびー)という爆竹の親戚というか花火というか‥‥。大きさは紙巻きたばこを少し細くした位で、頭部にはマッチと同じ様な発火材が塗ってあって、これをマッチ箱のヤスリで擦ると火が付いて、その後5秒程で爆発した。実際の遊びでは擦って1、2、3と数えて投げる姿がマルで戦争映画のコンバット等に出てくる手榴弾みたいで、気分はサンダース軍曹だった。

しかしこういう事はドンドンとエスカレートするもので、砂場に作った山を吹き飛ばしたい、とかいう欲望まで出てくる始末で、こうなると2B弾では威力不足で、爆竹をバラして導火線で繋げて砂に埋め込み、導火線に火を付けると映画のようにシュルシュル‥‥とはならないが、兎に角炎が進んで行って‥‥あれっ、不発?とかまあそう簡単には行かなかったが、見事に砂山が吹っ飛んだ時は感動、ではなく流石にこれはヤバいかも、と思ったりした。

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ところでこの2Bは学校は当然ながら良い顔をする筈も無く、というよりも禁止されていた。それで我々が楽しく爆破ごっこに勤しんでいるのを見て、仲間に入れないガリ勉君が先生に言い付けたりしたけれど、担任は男性教師で男の子はそのくらいでなきゃ、という考えだったので「おまえら、あんまり人目のあるこころでやるなよ」くらいだった。これがヒステリーババアが担任だったりすると悲劇となるが。
う~ん、やっぱり当時は毎日の放課後が楽しかったなぁ。今そういう楽しい事って‥‥無いなぁ。それ以前に最近のガキはチャンバラも戦争ごっこもやっているのを見た事が無い。きっと進学塾が忙しいのだろう。

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