シカンとチョ○校 (60年代のハイスクールバイオレンス)

12月 12, 2018 0 投稿者: B_Otaku

60年代の中・高校生、中でも不良と言われる生徒達にとって他校との喧嘩というのは日常茶飯事だったが、そのなかでも最も熾烈な戦いをしていたのは国士舘高校 (通称シカン)と朝鮮学校 (通称チョ○校) だった。

おっと、ここで伏せ字としたのは最近ヘイトスピーチとか言って民族差別などが厳しくなっている事に対応したのだが、当時は当然のように普通に使われる用語だった。そう言えば押せば映るコンパクトカメラの事を馬鹿チョンカメラと言ったり、要するに馬鹿でもチョンでも使えるカメラであり、このチョンとは‥‥○○人の事だろうなぁ。

それで中学生の頃など街で朝鮮学校の生徒に脅されたとか喧嘩になったとかの事態になると、真っ先に報告するのは国士舘高校に進学した中学の先輩で、これを聞いた先輩は高校の仲間や、そのまた先輩等の応援を得て、朝鮮学校に報復するという事の繰り返しだった。とはいえシカンの先輩は実に頼りになる存在だった。

当時の国士舘というのは高校は勿論大学でも珍しく制服着用で、その制服はボタンの無い(フォックで止める)詰襟の学生服だった。実は70年頃に我が家の傍には国士舘大学の分校舎があって、駅からのバスには詰襟の学生が大勢乗っていて、しかも学生全てが先輩には大きな声で挨拶して、それも全員がそのような行動をするという、チョッと他では見られない光景だった。

特に駅で先輩に合うと目一杯大きな声で 「おっす!」と叫び、分かれる時は「失礼しまうすっ!」とこれまた叫んだら深くお辞儀をして、先輩が見えなくなるまでそのままだった。まあ言ってみれば昔の漫画に花の応援団というのがあったが、学生全員があの乗りだった。

そんな国士舘大学も今では偏差値42.5~55.0というから、まあ普通の大学になってしまった訳で、、勿論学ラン何て応援団はとも角も、一般の学生が着る訳も無く、それどころが普通に女子大生もいるようだ。そして高校の方はといえば偏差値52~55というから立派な中堅高校となっている訳で、しかも男女共学となっていて制服も変わっていて、これじゃあマルで普通の高校じゃあないか。

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今や街宣右翼は殆どが朝鮮人の似非右翼であり、本当の国士なんて居無くなった今日この頃、日夜朝鮮高校と戦ったコテコテの右翼高校生は今は居ない。