60年代のクリスマス (年金フル世代の子供の頃)

1960年頃は戦後十数年が経過し、日本経済も少しづつ復興して工業生産もクルマや家電などは次から次へと新製品が発売されて、日本人が希望に燃えていた時代だった。そして本来はクリスチャンの行事であったクリスマスも日本では一種のお祭り騒ぎとなったが、これを理由に各家庭でも特に子供のいる家では年に何度も無い重要なイベントの日でもあった。

特に一番のハイライトはクリスマス当日の25日では無く前日のイブであり、この日は日本の多くの家庭ではケーキを買ったり、料理も奮発したりと、多少懐も潤い始めた事もあり、大いに盛り上がったものだった。尤もクリスチャンの友人の話では、イブは教会で、25日に向かって夜遅くまでのミサが行われるというマジなイベントであり、決してケーキとチキンを食べるだけの日では無かったというが、まあ硬い事は抜きにして楽しむところが日本的であり、十数年前までは国中で鬼畜米英を叫びながら、クリスマスなんてやったら非国民のレッテルを貼られたのだが、この豹変ぶりだ。

では日本でのクリスマスケーキのツーツはというと、何と1910年(明治43年)! 不二屋がら発売されていた。因みに日本初のショートケージは同じく不二屋が1922((大正11年)年に発売していたから、クリスマスケーキの方が早かった事が判る。しかし1910年当時にクリスマスにケーキはとても高価で、これを庶民が買うのは無理な話だったという。

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話を1960年代に戻して、ケーキのクリームはバタークリームと生クリームがあって、生クリームは傷み易い為に保管には冷蔵庫が必要で、家庭で電気冷蔵庫が本格的に普及したのは1965年頃であり(60年前後の白物家電参照)、60年代前半ではバタークリームが主流だった。しかしバタークリームの味は生クリームに比べれば、まあ好き嫌いはあるにしても生クリームの方が遥かに味が良いと多くの人が思うだろ。それでバタークリームのクリスマスケーキは絶滅したかと思えば何と今での販売されていた (写真右上) 。

ケーキと共にクリスマスと言えばチキン、すなわち鶏肉であり、60年代にはもも肉のローストチキンが主流で、モモの根元を手で持って食べるのが普通だった。しかし外国の映画などではチキンでは無くターキー(七面鳥)だったりするが、60年代の庶民が七面鳥は買えなかったし、その辺の店では売っても無かった。

これが庶民でもクリスマスにチキンでは無く七面鳥なんていうのはバブルの頃(1990年頃)の話で、この時代のクリスマスにはチョッとしたスーパーでも七面鳥の丸焼きが売られていた。写真下が正にバブル時代のクリスマスで、まあ日本中の庶民がこんな状態だった。

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ところで上の写真はこのブログ初のプライベート写真だが、まあこれを公開しても今の姿とは似ても似つかないから問題は無いだろう。

 

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