箱根駅伝のテレビ中継

正月の2日~3日の朝から午後まで、ただひたすら駅伝を中継するという、考えてみれば何とも奇妙な現象が当たり前になってしまったが、このブログの本題である60年代には箱根駅伝の中継ってなかったような気がする。

そこで調べて見ると、先ず箱根駅伝を初めてテレビ中継したのは何と東京12チャンネル、今のテレビ東京(テレ東)だった。第1回のテレビ放送は1979年の1月3日放送の第55回大会で、9区までは録画であり、最終の10区のみが生中継だったという。

テレ東は1982年の第66回大会まで中継を行っていたが83年の第67回からは日本テレビ(日テレ)に変更となったようだ。何故かというと、箱根駅伝の主催は読売新聞社であり、その系列の日テレに権利が写ったというだけの事だった。しかし何となく記憶では79年代に見たような気がしていたが、そうでは無かったのだった。

そして箱根駅伝といえば伴走車も気になるところだ。昔は自衛隊のジープに各大学の監督が乗って、メガホンで叫びながら走っていたのだが、いつの間にか無くなってしまった。これも調べてみたらば、駅伝をスムースに運営するために関係車両を減らすべきと警察庁が指導した事から1989年から伴走が禁止されてしまったと言う。なにーっ、警察庁だってぇ。ところがその後、何時の間には伴走が復活したが自衛隊ではなかった。

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この事実を陰謀論的に解釈すると、隠れキムチに乗っ取られた国賊の警察庁が我が自衛隊の人気が出ないように排除したに違いない、という事かな。今では警察の独壇場で、多くの警察車両が参加して、必要以上の白バイもいるし、その白バイのチンピラ警官は反対車線を急加速して追い越して言ったりとやりたい放題だが、今の世の中高い位置からの俯瞰撮影も多く、こういうチンピラの行為が日本中に映し出されているのだった。

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