李承晩ライン(年金フル世代が生まれた頃)

1952年1月、韓国初代大統領の李承晩が大統領令を公布して、独断で韓国と周辺国との間に設定した海洋境界線を李承晩(りしょばん)ラインと言う。

韓国(朝鮮)は第2次大戦中は日本に併合されていて、韓国人は日本人として米英と戦ったにも関わらず、終戦となったらば「ウリらは戦勝国ニダ」とか言って「日本を占領する権利があるニダ」とまで言い出したのが1949年1月で、それが下の図だ。何と九州を韓国の領土にする権利があり、更には戦勝国として朝鮮進駐軍が日本に駐留する権利があるという、アッと驚く主張をしたのだった。

WPPhto190113-1.jpg

しかしこんな事が認められる筈も無いが、その代わりに 1952年1月に強引に設定したのがこの李承晩ラインだった。だがこれも翌月の1952年2月に、米国は李承晩ラインを認められない旨を通告したが、韓国政府はこれを無視したのだった。この李ラインを元ん勝手に竹島が韓国領とほざいて不法上陸したのもこの時期だったが、当時の日本には自衛隊は無く、全く手出しが出来ない状態で、それ以後今日まで竹島の不法占拠は続いているのだった。

WPPhto190113-2.jpg

しかも韓国はこの海域内での漁業は韓国籍以外の漁船は行えないものとし、違反したとされた漁船は韓国側によって臨検、拿捕、接収、銃撃を受けるなどをした。この状態は日韓基本条約が結ばれる迄の13年間も続き、この間に日本の漁船328隻を拿捕し、漁師3929人を拘束、そのうち44人が死傷したのだった。

李ラインを公布した1952年には年金フル世代(R65)は未だ生まれていないか生れたばかりであり、これ自体は記憶は無いが、その後の悲劇は充分に知っている。そして当時のテレビでは拿捕されたり殺されたり、また漁船は強奪されるという悲劇の現状が頻繁に放送されていたから、子供ながらにも韓国という国は何と汚い事をやるのか、人間として許せない行為だと確信したものだった。要するに当時のマスコミ、特にテレビは公正だったし、取り分けあの NHK が実にマトモだった時代だ。

こんな事があったにも関わらず、今のマスコミは李ラインの李の字も報道しない。日韓関係が再び危機に向かいかけている今こそ、李ラインに始まる韓国の暴挙を日本の若い世代にハッキリと教える事が必要だ。そして、このような国とは絶対に上手く付き合う事は不可能だという事を認識すべきだ。

まあ、その為には軍備や自衛官の増強が必要となるが、それだけ考えれば改憲派の思う壺となってしまう。今の改憲派の多くは隠れキムチ!すなわち李ラインをやった連中と一つ穴の狢だという事を忘れてはならない。

なお李承晩時代には他にも多くの独裁政治が行われ、日本も多大な被害を被っているが、これについては次回に続く事にする。

コメントを残す