50年前のコンピュータ言語は?

このブログは本来ポスト団塊世代くらいで既に年金生活に入っている年代の読者をメインとして開設したのだが、昨年の韓国軍艦による自衛隊機へのレーダー照射事件で嫌韓ネタを扱ったらこれが妙に好評で、何やら嫌韓専門というかネトウヨブログみたいになってしまったが、今後は偶には本来の趣旨に戻ったネタを扱おうと思っている。

という事で今回は50年前、年金受給世代が青春真っただ中だった頃のコンピュータープログラムについて思い出して見る。50年前と言えば1969年、まあ切り良く1970年として、その当時は当然ながらマイクロプロセッサーなんてある訳も無く、コンピューターといえば広い部屋に何やら冷蔵庫や箪笥くらいの大きさの匡体がゴロゴロと並んでいるイメージだった。勿論価格だって当時の物価で何億もしたのだから、一般人には無縁の存在だった。そして当時のコンピューターメーカーの中でもダントツの技術を誇ったのがIBMであり、同社のシステム360は60年代中版辺りから不滅の名機として多くが採用されていた。

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そんな高価なコンピューターではあったが、それでも大手の大学には情報棟なんて呼ばれた建物に教育用というか研究用といおうか、結構立派なコンピューターがあった。そして電算機実習とかの講座があっ、まあこれは卒業単位には関係ない場合が多く希望者も少なかったが、ここで教わるのが FORTRAN(フォートラン)によるプログラミングだった。

FORTRANとはIBMが開発したコンピューター言語で、「formula translation」の略語であり、これは本来科学技術向けの言語だった。それ以前のコンピューターはマシンが理解できるコードと対応したアッセンブラー言語といわれるモノだったが、このFORTRANは高級言語といわれる人間の言葉に近い単語で命令文、すわなちプログラムが出来る事で、これは当時画期的だったようだ。

そうは言ってもFORTRANを使いこなすには専門のプログラマーでも無ければ無理な時代だから、大学の実習ではほんのさわりを体験する程度だった。また当時のプログラム入力はパンチカードであり、オフラインの独立したカード穿孔機で作成したが、これがまた素人には難儀で、何しろ打ち間違えればカードに間違った穴が開く訳で、英文タイプに馴染みの無い日本人には大事だった。

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FORTRAN以外のプログラム言語といえば事務処理系でCOBOL(コボル)がメジャーでありで、その名の由来は「Common Business Oriented Language」の略である。このCOBOLは大企業の事務処理や銀行の預金データー管理などに使われていて、実際にコンピューターの用途としてはFORTRN以上に広く、使用例も多かった。そして当時プログラマといえば多くがこのCOBOLのプログラム作成者を指していた。

なお当時はFORTRANとCOBOL以外にも幾つかのコンピューター言語はあったが、実際の使用では圧倒的にこの2方式だった。

まあ今の時代から考えればとてつもなく非効率で高コストだった訳で、IBMなんて独占事業でボロ儲けしていた古き良き時代だった。

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