80年代のパソコンはユーザーがプログラムを作っていた

前回、50年代のコンピューター言語は?と題して、当時大型機でスタンダートだったFORTRANとCOBOLを取り上げたが、今回は80年代に突如普及が始まったパソコンのプログラムについて、当時の状況を思い出して見る。

マイクロプロセッサーによるワンチップのCPU化は、それまで大きくて高価で経費も莫大だったコンピューターを劇的に小型軽量化する事が可能となった。とはいえコンピューターの能力としては極々初歩的なものだったが、それでも一般人が所有する事等考えられなかったコンピューターが自宅で動かせるのは画期的な事だった。これらについては昨年10月頃にブログで70年代のマイコン同2同3同4として纏めてあるが、今回はその使い方を思い出してみた。

70年代のマイコン3で登場したNECの不滅の名作PC8000シリーズにより、それまでマイコンと呼ばれていた個人用コンピューはそのものズバリのパーソナルコンピューターという名称が定着し、その略称としてパソコンと呼ばれるようになつた。本当はパーソナルコンピューターを訳したのならパーコンじゃねぇ、と一部では言われていたが、それじゃあ頭がパーのコンピューターみたいで不味いんじゃねぇ、というのが理由だった。

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さてそのPC8000は買ったけど、最初はマトモなアプリケーションなども無く、チョッとした計算でも自らプログラムを作る必要があった。その為のコンピューター言語として当時の主流だったのがBASIC (beginner’s all-purpose symbolic instruction code、ベーシック) と呼ばれたもので、大型機用のFORTRANを簡略化したような言語だった。まあ初心者用ではあるが、初めてプログラムを作るというユーザーにとっては決して簡単では無かった。

元々BASICもFORTRAN同様に科学技術用だったから、大学の研究者等が研究室や個人単位でデーター処理するには結構向いていたし実用にもなったが、普通の事務系サラリーマンが何をするかと言えば、さて何をやろうか、という状況だった。

このBASICという言語はパソコンの普及と共に世界的にメジャーなコンピューター言語となったが、勿論大型機の分野ではFORTRANとCOBOLの位置に揺るぎはなかった。なおBASICはその後より高度な言語に成長して、現在一部では主流となっている。

 

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