ウイルスパニック中のダイヤモンドプリンセス号ってどんな船なんだ?

今ニュースでも最も関心を持たれている豪華客船ダイヤモンドプリンセス号とは一体どんな船なのだろうか?

ダイヤモンドプリンセス号は2004年にデビューした日本で建造された最大の客船で、主なスペックは以下のようになっている。
全長 290m x 全幅 37.5m、総トン数115,875トン 巡航速度22ノット 乗客定員2,706人 乗組員数1,100人。

姉妹船にサファイヤプリンセス号があり、この2隻とも三菱重工業長崎造船所にて建造された。建造費は5億ドルというから、概ね600億円くらいだろか。

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この船は環境規制の厳しいアラスカ水域での運航を考慮して排気・排水にガスタービンを採用したり、最新の排水処理システムを完備している。

今回は日本~アジア航路だったが、季節により世界中のコースを運航していて、今回は偶々日本~ベトナムという香港に寄港するコースだったのが災いとなった訳だ。

船籍は英国で米国に本社を持つプリンセス・クルーズという企業が運用している。この会社は世界最大のクルーズ船運航会社のカーニバル・コープレーションの傘下にある。という事は、建造こそ日本だが、運航に当たっては日本とは関係無く、ハッキリ言って今回の騒ぎで大赤字だろうが、まあ良いか‥‥という気持ちだねっ。

因みに料金を見ると日本発着6泊7日が15.7万円~77.2万円で、まあ高いか安いかは微妙なところで、シルバー割引みたいなのもあるようだから、定年退職後の思い出に夫婦で50万円くらいなら良いかな、何ていう絶妙な価格設定ではある。

でもこういう事態が起こると計画はしていても躊躇する客もいるだろう。とにかく船内から出られない乗客は災難でありまるでパニック映画みたいだ、と夫婦で50万円なんてとても出せない私めとしては他人事ではありまする。

世界初のトッポッキ(餅を炒めた韓国料理)博物館が一日で休館

このところ中国の新型ウィルス関連ネタが多く、これではお笑いネタどころでは無かったので今回は久々に気楽なお笑い韓国ネタでいってみよう。

最初にこの報道の見出しを見た時、トッポッキって何? というのが第一印象だったが、たぶん多くの読者も同様だろう。そこで調べてみるとトッポッキとは朝鮮のトックという餅を使用した韓国料理で、元来は炒め物の宮廷料理だった。

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しかし今では庶民向けの煮込み料理にアレンジしたものが広く普及しているという。他にも多くのバリエーションがあるようで、インスタントラーメン入りや海鮮、チーズなど多様で、韓国の庶民料理として屋台の定番メニューであり、家庭でも夜食や子供のおやつとしても広く普及している、という。

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本題に入ると、韓国・大邱(テグ)には世界初と謳う「トッポッキ博物館」がある。まあ世界初と豪語したところで、他国がそんなものを作るわけも無いが‥‥。

それでその韓国自慢のトッポッキ博物館は17日にオープンしたのだが、何と1日で閉鎖となり、初日に入場した観覧客にはチケット代を払い戻すという公示まであったという。閉鎖の理由はコップトッポッキロボットのシステム問題と3階の運動施設の工事問題でやむを得ず臨時休館することになったとし、再整備後に再度オープンするという。

この博物館はカップトッポッキ料理過程、トッポッキの材料として使われるトウガラシの菜園体験場、公演会場、体育公園などが体験できるという事だったが、博物館の工事が完全に終わっていないために、殆どの体験は出来なかった。入場者は同館のホームページやSNSに酷評を書き込む事となり、急遽運営側は閉館と入場者への観覧料の払い戻しを発表した、という事だ。

いや~これは大笑いだが、考えてみれば軍の最新鋭兵器でさえ未完成で使いもにならないガラクタを配備するようなお国柄だから、民営の食品博物館が未完成でオープンする何て事は何の不思議も無く、これぞ韓国というところだ。
韓国軍 命中率6%の複合小銃開発事業が中止へ
【自衛隊 vs 韓国軍】イージス艦

まあこれは国民性でしょうねぇ。

中国では韓国製ゲームの営業許可が下りない 日本は漁夫の利

中国では2017年初めから韓国がTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)を配備した事に対する報復の一つとして韓国製のゲームに対しての営業許可の発給が中断していて、解決の兆しは全く見えていない。これによる韓国のゲーム業界の損害は数兆ウォン(数千億円)にも上るというから、これは韓国経済にとっても大変な状況だ。いやそれどころか韓国国内では中国製のコピーゲームが蔓延って、市場が脅かされているという。

そんな中で今年中国が外国企業に発給したゲームの営業許可のうち30~40%は日本企業であると推定されている。また日本のIP(知的財産権)を使用した中国製ゲームも人気を集めていて、これら中国製ゲームは日本の独自制作と区別がつかないくらいにレベルが高いという。

まあ日本にとっては漁夫の利というか棚ボタというか、おそらく相当な売り上げ増となっているだろう。

それにしても中国が韓国のTHAAD導入に対する報復がこれほど激しいとは思ってもみなかったが、韓国の指導者があまりにも無能であることを突いて、中国はやりたい放題。これぁ完全に植民地となってチベットやウイグルと同じ運命を辿るのかもしれない。尤も中国が手を出さなくても韓国の崩壊は十分に予想されていることで、流石は歴史に残る無能な大領領だけあって、歴史に残る悲劇が起こっているという事だ。

いやぁ、それにしても分ちゃんには頭が下がります、ハイっ。

今でも屋上遊園地のある百貨店があった

1960年代には各地にあった百貨店屋上の遊園地。これについては下記のブログで取り上げた。
60年代のデパート(年金フル世代の子供の頃)

それで流石にこの手は今ではもう無いだろうと思ったら、何と埼玉県川越市の丸広百貨店川越店の屋上遊園地「わんぱくランド」という施設が今でも営業していた。

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上の写真を見ると、おおっ、懐かしい。高い位置を走るモノレールやショボい飛行機、そしてゴンドラの数が少ないこれまたショボい観覧車など、そうそう、こんな感じだった。

この施設はバンダイナムコアミューズメント社が運営しているが、残念ながら今年の9月1日をもって閉園となる。開業以来51年の歴史に幕を下ろすという事で、まあ時代を考えれば仕方ないだろ。

こりゃもう8月までに一度行って見るしかない、と言いたいが、その為に川越まで行くのもチョイとねぇ。

なおこの施設を加えても日本中で営業しているのは2か所だけ、という事は、もう1か所何処かにある事になるが‥‥。

と思って調べて見たらば、東急プラザ蒲田の屋上に「幸せの観覧車」というものがあった。これは2014年のリニューアルを機に一時途絶えていた観覧車を復活させたものだった。ただし写真を見る限りでは他には大型の遊具なないようで、わんぱくランド程には本格的でないのが残念だが。

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60年代のクリスマス (年金フル世代の子供の頃)

1960年頃は戦後十数年が経過し、日本経済も少しづつ復興して工業生産もクルマや家電などは次から次へと新製品が発売されて、日本人が希望に燃えていた時代だった。そして本来はクリスチャンの行事であったクリスマスも日本では一種のお祭り騒ぎとなったが、これを理由に各家庭でも特に子供のいる家では年に何度も無い重要なイベントの日でもあった。

特に一番のハイライトはクリスマス当日の25日では無く前日のイブであり、この日は日本の多くの家庭ではケーキを買ったり、料理も奮発したりと、多少懐も潤い始めた事もあり、大いに盛り上がったものだった。尤もクリスチャンの友人の話では、イブは教会で、25日に向かって夜遅くまでのミサが行われるというマジなイベントであり、決してケーキとチキンを食べるだけの日では無かったというが、まあ硬い事は抜きにして楽しむところが日本的であり、十数年前までは国中で鬼畜米英を叫びながら、クリスマスなんてやったら非国民のレッテルを貼られたのだが、この豹変ぶりだ。

では日本でのクリスマスケーキのツーツはというと、何と1910年(明治43年)! 不二屋がら発売されていた。因みに日本初のショートケージは同じく不二屋が1922((大正11年)年に発売していたから、クリスマスケーキの方が早かった事が判る。しかし1910年当時にクリスマスにケーキはとても高価で、これを庶民が買うのは無理な話だったという。

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話を1960年代に戻して、ケーキのクリームはバタークリームと生クリームがあって、生クリームは傷み易い為に保管には冷蔵庫が必要で、家庭で電気冷蔵庫が本格的に普及したのは1965年頃であり(60年前後の白物家電参照)、60年代前半ではバタークリームが主流だった。しかしバタークリームの味は生クリームに比べれば、まあ好き嫌いはあるにしても生クリームの方が遥かに味が良いと多くの人が思うだろ。それでバタークリームのクリスマスケーキは絶滅したかと思えば何と今での販売されていた (写真右上) 。

ケーキと共にクリスマスと言えばチキン、すなわち鶏肉であり、60年代にはもも肉のローストチキンが主流で、モモの根元を手で持って食べるのが普通だった。しかし外国の映画などではチキンでは無くターキー(七面鳥)だったりするが、60年代の庶民が七面鳥は買えなかったし、その辺の店では売っても無かった。

これが庶民でもクリスマスにチキンでは無く七面鳥なんていうのはバブルの頃(1990年頃)の話で、この時代のクリスマスにはチョッとしたスーパーでも七面鳥の丸焼きが売られていた。写真下が正にバブル時代のクリスマスで、まあ日本中の庶民がこんな状態だった。

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ところで上の写真はこのブログ初のプライベート写真だが、まあこれを公開しても今の姿とは似ても似つかないから問題は無いだろう。