60年代のカメラ(年金フル世代の子供の頃)

7月 13, 2018 1 投稿者: B_Otaku

年金フル受給年世代が子供の頃のカメラというのは非常に高価なものだった。従って子供が持つようなモノでは無かったのだが、1957年にフジフィルムから低価格で簡単なフジペットというカメラが発売されてから、チョッと裕福な家庭ではこれを子供に買い与えた為に、小学校の遠足でもカメラを持っていく子供がいるようになった。

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どのくらい安かったかと言えば、当時のマジなカメラは2~3万円は当たり前だったのが、フジペットは何と1,950円だった。因みに低価格の2眼レフとして爆発的に売れたリコーフレックスの1956年モデルは12,800円だったというから、フジペットが如何に安かったか判るだろう。

そのフジペットはブローニーフィルムを使用する6x6判カメラで、よりサイズの小さい35㎜版は寧ろ精密で高価なカメラが必要だった。なおブローニーフィルムは35㎜ カメラが安価になった事から一般用途からは衰退したが、フィルムサイズの大きさから高画質を求めるプロ用の高価な中型カメラ用として最近まで使われていた。

フジペットがユニークだったのは初心者向けとして出来る限り操作を簡単にした事で、AE も AF も無い時代にローテクだけで極力露出やピンと合わせを排除していた事だ。これは当時テレビCMでも「お天気マークを合せて、1・2とボタンを押すだけ」みたいな事を言っていたのを覚えている。ここでお天気マークは絞りの事で、フジペットのレンズは75㎜ F11 だったので、今考えてみると晴れがf22、曇りがf16、そして雨がf11 の事だったようだが、F値ではなくお天気マークという親しみ易い表現を使ったのが成功だったと思う。

そしてレバー①はシャッターのセットで、②でレリーズする方法も何も知らない初心者にはシャッターもヘチマも無くて、番号というのもこれまた上手い方法だったと思う。

撮影が完了したらば当然ながらフィルムを一コマ分送るのだが、それは左側の巻き上げノブを使って止まる迄回す‥‥何て言う機構は付いていないので、背面中央にあるカウンターの窓を見ながら数字が出るまで巻き上げるのだった。実はブロー二ーフィルムというのはフィルムに裏紙が付いていて、ここに撮影駒数が印刷してあり、この印刷を背面の窓から覗いて合せるのだった。

それではピントはといえば、これは固定焦点だからピント調整は必要無い(出来ない)が、レンズが暗い事から被写界深度が深く、これで何とかなっていたのだった。とはいえ固定焦点とラフな露出だから失敗も多く、というか一般ユーザーのレベルでは良い写真は偶然に頼る訳で、だから当時のガキが遠足で御自慢のフジペットで取った写真はマトモなものが少なかった記憶がある。

フジペットから60年経過した今、カメラ何て携帯に付いているもので充分、何て言う時代になってしまった。この何時でもどこでも簡単に写真が撮れる便利さが仇となって、女子高生をローアングルで盗撮する事件が頻発する事になるのだが、まあそんなに簡単に見えるようなもので街を歩いているのも問題だろう‥‥と言いたいが、いやまあ目の保養には禁止すべきではないな。